suntory design

DESIGNERS TALK 01

「商品そのもの」をデザインすること。

ともにデザインディレクターとして、西川さんは〈伊右衛門〉と〈グリーンダカラ〉、児島さんは〈クラフトボス〉〈オールフリー〉を手掛けてきました。経験者採用枠で入社した二人が、客観的視点もまじえつつサントリーデザイン部とその商品デザインについて語ります。

西川圭

多摩美術大学造形表現学部デザイン学科卒業後、デザイン事務所に勤務。
エディトリアルデザインを経験した後、2009年サントリー入社。〈伊右衛門〉、〈GREEN DA・KA・RA〉などの ディレクションとデザインに携わる。

児島薫

アメリカの大学を卒業後、外資系ブランディング会社、外資系家電メーカーを経て、2015年サントリー入社。
〈CRAFT BOSS〉や〈ALL-FREE〉などのディレクションとデザインに携わる。

まずは現場を見て、人を見て。

−−−サントリーのデザイナーとして、お二人が考える「デザインの仕事」って、どんなものですか?

西川
西川

私たちがよく言うのは「パッケージデザイン」じゃなくて「商品デザイン」だということ。商品そのものについて考えることからデザインが始まるという感覚ですよね。

児島
児島

姿かたちをつくっているという意識じゃないかもしれません。まずはその商品を目的から考える。そこからデザインが始まっているという感じでいつも仕事している気がします。

西川
西川

私にとっては〈伊右衛門〉の商品開発が象徴的だったなあ。

児島
児島

どんなところが象徴的だったの?

西川
西川

たとえば、開発チームが集まってまずやったのが〈伊右衛門〉の世界観を皆で共有することだった、とか。

児島
児島

そのために京都まで皆で出張したんだよね?

西川
西川

そうなんです、その時の開発の重要なキーワードが「京都のおもてなし」「伝統は革新の連続」で、ならば京都の本物のおもてなしとはどういうものか身をもって実感してみようと、京都の老舗旅館に皆で泊まりながらディスカッションしたんです。あれは正直、かなりビックリだったなあ。「え?それでわざわざ京都まで行くの?しかも皆で?」って。

児島
児島

西川くん、サントリーに入ってまだ間もない頃だったものね。

西川
西川

普通はパッケージデザインの開発でそこまでやらないことが多いんじゃないかなと。当時の私は「デザインのインプット」と言えば、本屋さんでデザインの雑誌やタイポグラフィの本を探すことが多かった。京都の景色はググる!

児島
児島

でも、それでは足りない、リアルに体感して初めて得られるものがある、そこまでとことん突っ込もうというのがサントリーのやり方なんだよね、きっと。

西川
西川

そう!たとえば旅館の廊下にさりげなく置かれた一輪挿しとか、仲居さんのなにげない心配りとかね。一つひとつを現場でチーム皆で体感して共有することをものすごく大事にしているし、その実感がデザインにも味にもコミュニケーションにも生きてくるんだと思う。

児島
児島

きっと先輩たちはその大切さを成功や失敗を山ほど重ねながら学んできたんだろうなあ。会議室じゃなくて、現場に身をおきながら探ることが、インサイトの深度をより深くしてくれるってことを。 ※インサイトとは:購買行動の根底にある、時には本人すら気づいていない動機や本音のこと。

西川
西川

パッケージデザインのその手前…「インサイト探し」は商品づくりの肝、いちばん上流の部分だしね。その労を惜しまないのがサントリーのやり方だって、私も入社して初めてわかった。

児島
児島

生活そのものをちょっと豊かにするとか、楽しくするとか。文化にいつも目が向いているというか…。そこから商品が生まれてくる、それがサントリーの“デザイン”なんじゃないのかな。最終のアウトプットは飲み物だけれど、「忙しい毎日に一瞬ホッとできる場をつくる」が目的だったり…。飲み物をつくることが目的というわけじゃないって気がする。

チーム制のいいところって

児島
児島

もう一つ、サントリーの商品開発の大きな特徴と言えばチーム制だと思う。

西川
西川

たしかに、ブランドマネージャー・中味を作る人・デザイナーがチームを組んでコンセプトから開発していくのはサントリー独特のやり方かもしれない。 ※ブランドマネージャーとは:マーケティング部門で、ブランドの活動プラン策定やマネジメントを行う担当者のこと。ブラマネ。

児島
児島

一般的にデザイナーは、ブラマネが設計した商品コンセプトを受け取ってパッケージに落とし込む…というプロセスのイメージが強いんじゃないかな。

西川
西川

でも、サントリーではかなり早い段階からデザイナーも開発に関わっていくことが多い。

児島
児島

チームには専門分野も違えば、思考回路だって異なるような人たちが集まっている。そうなると、さまざまな角度から意見を出しあうし、お互いの言葉をわかりあおうとする。だからうちのミーティングって、左脳と右脳の重なりあう面積がすごく広い気がする。

西川
西川

お互いにそれぞれの専門領域を尊重している感じがあるよね。デザインができないマーケティングの人も中味をつくる研究畑の人も、デザイナーがどういう思考でものをつくっているかわかっているし、デザイナーもある程度マーケティングのことを理解できる。皆、専門性も持ちながら客観性をもって話すことができて、結果として多様な意見が集まってよりクリエイティブに商品化が進めていける。チーム制ならではのメリットだと思う。

児島
児島

そういえば私、以前勤めていた会社でサントリーと仕事をする機会があってね、サントリーのブランドマネージャーの印象が、私たちデザインサイドの主張にもしっかり耳を傾けてくれているように思えたんだよね。無駄なことを頼まれることもなかったし。商品化でなにを考えていけばいいのか、その課題の本質をこの人は理解しているんだなと思って。

西川
西川

なるほど~。外部のデザイナーから見てもそんな風に思えたってことは、デザインに対する意識が会社全体として高いということなのかもしれないね。

「ばかだなあ~」ってものも本気でやる

児島
児島

ところで西川くんはなんでサントリーに来たの?前はエディトリアルデザインの事務所にいたんだよね。

西川
西川

タイポグラフィが好きで、丸4年間ほぼ毎日、美術雑誌からけっこう固めの事典的なものまで毎日何十ページも本のデザインをし続けてた。おかげでタイポグラフィに関してはめちゃめちゃ鍛えられた気がする。本の世界で面白い仕事をいっぱいやらせてもらったし、ちょっと他のこともやってみたいと思って転職したんですよ。

児島
児島

本と飲みものじゃ内容が全然違うでしょ?なんで?

西川
西川

デザインが決定される場に立ち会ってみたいと思ったのがそもそもの理由かなあ。あとは大きな組織の中でデザインはどんな役割を果たしているのか、デザインはどんなプロセスで決まっていくのかとか。そういう現場を見たかったから、「じゃあメーカーしかないな」と思って。 そういえば、ちょうど僕が前の会社を辞めることになった頃、サントリーから〈炭酸文明〉っていう商品が発売されたんだよね。

児島
児島

知ってる!古代文字が書いてある、すっごくユニークな商品だったよね?

西川
西川

そうそう、あれを会社で飲んでたら周りが言うんだよ。「なにそれ!?」「サントリーじゃん!君、サントリー行くんだよね?大丈夫?」って。(笑)

児島
児島

(笑)そりゃ言うよね。あのパッケージに書いてある古代文字、当時の担当チームがわざわざ考古学で有名な某大学まで教えてもらいに行ったらしいよ。「ウソは書きたくない!」って

西川
西川

それマジ?すごいなぁ…本気でヘンなことをやるよね。

児島
児島

そういうとこも私がここに来たいと思ったきっかけの一つなんだよな〜。同じ頃、ピンク色の〈ラブモードジンジャー〉も発売されたでしょ。当時、アメリカで公開された映画のポスターをイメージしたデザインだったんだけど、全国規模のメーカーがここまではっちゃけて「ばかだなあ~」っていうものを普通に売る、そこもなんかいいなと思った。

コンセプトの案がそのまま、ということはまずない

西川
西川

たしかにサントリーにはユニークな商品も多いよね。

児島
児島

チーム制で商品開発するせいもあるかもね。コンセプトづくりからデザイナーも関われるということも大きいんじゃないのかな。

西川
西川

たしかに。一般的にはブランドマネージャーがバシッと決めた状態のオリエンシートがあって「こういうデザインをしてください、お願いね」っていう流れが多いように思うけど、サントリーの場合はスタート部分から思いきり皆で議論するでしょ?もちろんブランドマネージャーがしっかり商品設計していて、着眼や概要やカテゴリーや物性…色々提示されるけど、それをそのまま鵜吞みにすることはまずないよね。チーム皆でワーッと意見を言い合って、揉んで叩いて…。皆で課題を見つけるところから始まるというか。

児島
児島

最初の案がそのまま形になりました、ということはまずないよね。

西川
西川

皆で課題を見つけるところからはじまるから、商品をつくっていくプロセスに身を置いているという実感がすごいある。私たちデザイナーも「商品の外側をデザインする」というより「商品デザイン」をしているという意識が強いし、いかにお客さまの生活を豊かにするかという「商品開発の上流」から考えているという感じ。

児島
児島

それを最終的に商品デザインに落とし込むのが、私たちデザイナーの仕事だもんね。

西川
西川

そうそう、お客さまの手元に届く商品の品質を上げられるかどうかは、やっぱり私たちデザイナーの力にかかっているという自負はあるよね、お客さまの手元に届くのは商品だけじゃない?モノにどうやってコンセプトを落とし込むのかが、デザイナーの腕の見せどころだと思う。

上手くいかなかった事を活かす!

児島
児島

とはいえ、そこまでやっても現実、売れるかどうかは…

西川
西川

「千三つ(センミツ)」、1000個やっても翌年まで生き残るのは3つと言われる厳しい市場だし、残念ながらいろいろ失敗もあるよね…。

児島
児島

私だって全てがうまくいったわけじゃないよ。〈ボス デカフェ ブラック〉とか。

西川
西川

でも、あれがあったから 〈クラフトボス〉につながったんじゃない?

児島
児島

それはある!〈ボス・デカフェ〉ではつくり手の存在を感じるデザインにしようと、道の駅で売っているような「そのままな感じ」を出したくてね。ほら、ビニール袋に入れてシールを貼っただけの「おばあちゃんのお漬物」のような感じってあるでしょ、それで中味が主役になれるように透明のラベルを考えたんだけど 自分の印刷知識の欠如もあって当時は思ったような仕上がりにできなくて。結局、心残りな仕事になってしまったんだよね。その「やり残した」ことが〈クラフトボス〉で実現できたんだ。

児島
児島

西川くんは?

西川
西川

〈ナチュライ〉かな〜。「天然素材だけでつくったアイソトニック飲料」ってことで打って出て。

児島
児島

西川くんが入社してすぐの頃だったよね。あの頃、スポーツドリンク市場はずっと苦戦続きで。

西川
西川

「これなら競合製品に勝てるぞ!」って社内的にも盛り上がったんだけど、「世紀の大ゴケ」と言われたくらいメチャメチャコケて。入社1年目だった僕は周りから言われるがままに、「?」と思いながらもデザインを進めてしまったところがあったし、後悔も多かった仕事だったんだけど。

児島
児島

そのあとに〈グリーンダカラ〉が生まれたんだよね。

西川
西川

ナチュライが全然売れなくてすぐにリニューアルの話になったんだけど、もう一回天然素材で行こうという話になって。そこで改めて「天然素材であることにいちばん価値を感じてくれるターゲットは誰なのか?という点に立ち返って議論したんだよね。そして「親子」をターゲットに「親子の日常の汗を救う」を商品コンセプトにすることになった。

児島
児島

天然素材由来の日常的に飲めるスポドリとして、再出発したわけね。

西川
西川

そう。ナチュラル=グリーンという、一見短絡的だけどわかりやすい記号を使ったのがグリーンダカラ。中味はそれほど大きく変えたわけじゃないんだけれど、あっという間に14倍近く売れたんです。あれは「おいしい=かならずしも売れる、というわけじゃない」と気づかせてくれた仕事だったなあ。伝え方や価値のつくり方でこんなに変わるってことを経験できた。

児島
児島

これぞまさしく商品開発の面白さ!

西川
西川

それを入社してすぐに体験できたのはほんとにラッキーだったと思う。しかも大失敗をやらかしたのに、またやらせてもらえたんだから。

児島
児島

打席に立つ回数がとにかく多いというのも私たちの力になってる気がする。失敗しても担当し続けるのはすごく苦しかったりするけど、うまくいったときの喜びと言ったらないよね。

西川
西川

ある意味、そこもインハウスのデザイナーならではの強みかも。児島さんの〈クラフトボス〉も〈ボス デカフェ ブラック〉があってこそ生まれたとも言えるしね。

「リニューアル」じゃなくて「リバイタライズ」

児島
児島

〈クラフトボス〉について、私、小ネタがあります!

西川
西川

なになに?

児島
児島

実は最初の〈クラフトボス〉は、BOSSおじさんのロゴを少し修正しました。前向きな気分を表現したくて、目線を上げるように顔の角度をちょっと上向きにしたりして。

左:通常のBOSSおじさん 右:初代クラフトボスのBOSSおじさん

西川
西川

そんなことしたら普通は初代〈BOSS〉のデザイナーは怒っちゃうんじゃないの?

児島
児島

発売後しばらく経って、あれは意図的に変えたのかどうか聞かれたことがあって。でもその先輩に「意図的に変えました」と伝えたら、「なるほどね、あえて変えたのならいいんじゃない」、と言ってくれたんです。

西川
西川

寛大だなあ(笑)!きっとその先輩は児島さんがそうしたかった理由を理解してくれたんだね。〈BOSS〉という商品の想いを児島さんがしっかり引き継いでくれている、そのうえでの修正だとわかってくれたんじゃないのかな。

児島
児島

そう思ってもらえたのなら、私もすごく嬉しいな。

西川
西川

担当デザイナーが変わるというのはサントリーでも時々あるし、実はブランドを大きく変化させるチャンスでもあると思うんだ。たとえば〈オールフリー〉。児島さんが担当の時に大きく変えたよね。真っ白の缶にブルーを入れて。

児島
児島

あれはほんっとに、苦労しました!!最初はブランドカラーの白を美しく見せることばかりにこだわって、インクや印刷方法を工夫したり、白と金の世界をデザインで変化させることで頑張っていたんです。ところがある時、消費者調査で分かったことがあって。ずっと愛飲してくれているユーザーでもデザインが変わったことに気がついていない人がいたんです。それでハッとしました。「白と金だけの世界である限り、〈オールフリー〉=白い缶というイメージは変えられない」って。

西川
西川

デザイナーとしてはかなりショックだよね。

児島
児島

本音を言えば「こんなにデザインを変えたのに!」と思ったよね。でもお客さまから見たらそうじゃなかった。そこでまずは白と金から抜け出す必要があると思ったんだよね…。でもこれだけ潜在的に「〈オールフリー〉の世界観=白と金」となっているとすれば、変わったと伝えるには理屈を超えて訴えかけなければいけないって。それで「青」という〈オールフリー〉ブランドに違和感を与える要素を加えて、新しくなったことを伝えようとしたの。そしたらお客さまからも「変わりましたね、新しくなりましたね」という言葉が出始めたし、しかも青のおかげで白がさらに美しく映えるようになってくれた。

西川
西川

変えるってことは私たち自身が思い込みから抜け出すことから始まるのかもしれない。私も〈伊右衛門〉で同じような経験をしたよ。2020年のリニューアルでボトルをそれまでの竹筒型から角丸に変え、ラベルも大幅にデザイン変更したんだけれど、お客さまには「変わっていない」と思われてずいぶん試行錯誤を繰り返したことがある。結局、〈オールフリー〉は白、〈伊右衛門〉は竹筒という縛りを解かない限り、新しいジャンプはできなかったんだね。

児島
児島

リデザインと言うと、どうしても前例にこだわってしまうし、マニュアル頼みになりがちだけれど、いちばん大切なのはそのブランドをどう育てていくかだと思う。

西川
西川

そうなんだよね。サントリーではデザイン変更を「リニューアル」じゃなくて「リバイタライズ」って呼ぶことがあるよね。新たな生命を吹き込む、生まれ変わらせるという意味。だから同じブランドの仕事でも毎回新しい気持ちで向きあえるし、違う頭を使うこともしやすいように思う。それができるのもアイデンティティがちゃんとDNAとしてデザイナーにも引き継がれているからじゃないのかな。

「誰かの人生の役に立てている」

西川
西川

この仕事をしていて、いちばん嬉しく感じるのは、少し疲れた感じのサラリーマンの方がリュックのポケットに〈伊右衛門〉を入れているのを見たときとかなんだよね。「ちょっとだけ役に立ててる」って感じられる。

児島
児島

わかるなぁ。私もコンビニの棚に商品が並んでいて、目の前でお客さまがそれを買ってくれるのを見るとすごく嬉しくて。それだけで承認欲求が満たされる。だから仕事が楽しいと思えるんだと思う。

西川
西川

少し前のことだけれど、お客様センターにとあるメールが来てね。コロナ禍で毎日ものすごくしんどかった時に、たまたま〈伊右衛門〉を飲んでくださっていた。飲み終えてボトルを捨てようとラベルを剥がしたら招き猫が出てきて、それを見たら涙が出ました、頑張れば私にも何かいいことあるかな、って。それを聞いたときに、心から「ああ、やって良かったな」って思って。

児島
児島

その時の西川くんのキモチ、私もすごくわかる気がする。商品をつくる喜びって、きっとそういうところにあるんだよね。

西川
西川

誰かの人生の役に立てているという実感、かな。

児島
児島

そうそう!それこそ、最高のやりがいだね!

back